阪神大震災
10/14/1999 Thu開設 Sun.Feb.04,2003更新
2003年1月1日(水)
妙玄寺 震災復興最初の除夜の鐘 Feb.04,2003
「新しい鐘楼で除夜の鐘をついてみませんか?」の呼びかけに、再び妙玄寺の境内はひとで埋め尽くされました。何かあったら集まれるところ、そこに行ったら誰かが居る、子供が安心して遊べる。寺社とはそういうところだったんだということを思い出させてくれました。
2002年7月15日(月)
八王子 神社竣工式 Feb.04,2003
・7月14日(日) 神戸新聞朝刊に夏祭りイベントの模様が掲載されました
・7月15日(月)八王子神社夏大祭 八王子神社竣工式
サンテレビ 21:30〜22:00 ニュース番組で竣工式の模様が放映されました
・8月7日(水) 遷座祭と夏祭りイベント&竣工奉天祭を紹介していただく記事が「宝塚てくてく第163号・平成14年8月7日」に掲載されました
震災復興の祈りをこめて、社のない境内で5回の夏祭りイベントを行ってきました。小学生から「何でこんな暗い、蚊の多いところでお祭りするの?」と尋ねられて、返す言葉がありませんでした。6回目の夏祭りには、後ろに社がひかえていてくれました。
2002年5月19日(日)
妙玄寺 落慶法要 Feb.04,2003
昼前にぽつりぽつりとしていましたが、稚児行列が始まるのを待っていたように晴れ渡り、暑いくらいの日和になりました。
アトラクションが終わり、稚児行列の準備の頃には境内はひとであふれかえっていました。幾らお寺といえど、これだけの人数が参集することは滅多にないでしょう。やはり、寺社は人の心のよりどころなのだと思いました。
法要の末席に寄せていただきました。総代の方々の挨拶を聞いていると、7年半の記憶が頭をよぎり、気がついたら涙が止まらなくなっていました。
2001年1月6日(土)
八王子神社再建寄付金が集まりました 01/12
2000年中に予定も含めて募集額が集まりました。妙玄寺に続いてということもあって、氏子の方々も要領が分かっていたためか集まり方が早かったようです。
2000年11月19日(日)
八王子神社再建に向けて 募金の骨子が決まりました 12/03
阪神大震災から6年が過ぎようとしている。
自宅の再建を終え、先に中筋地区のほとんどが檀家である妙玄寺の本堂と庫裏(くり)の再興がなった。そしていよいよ下中筋地区のほとんどが氏子である八王子神社の再建計画が決まった。
本殿と拝殿のない大祭を6シーズン続けてきたが、それももう一年の我慢で済む。
2000年1月17日(月)
5年が過ぎ、6年目を迎えて
あの日から5年の月日が流れました。
復興という言葉がまことしやかにささやかれますが、いったい何が復興なのでしょう。
更地に家が建てばいいのでしょうか、復興再開発ビルがたてばいいのでしょうか。
更地に建った家は、ほとんどが大手ハウス・メーカーの手によるもの、復興再開発ビルは住宅都市整備公団設計で大手ゼネコンが施工するもの。
いずれも地元の被災した業者には無関係の話ばかりです。
特に安藤忠雄氏が大好きなK知事は、再開発と称して大手ゼネコン工事を誘致し、地元の自治体特にT市のS市長などと結託して暴利をむさぼっています。
H県とT市はこの2人のおかげで数年後には赤字自治体陥ってしまいます。
1999年10月14日(木)
妙玄寺上棟式
「四方を堀に囲まれた寺なんてそうあるもんやない」、それが中筋に住むものや檀家にとって誇りだった。
それがあの日、二人の命とともに一瞬にして崩れさった。
地震は、命や財産だけでなく、人が何世代にも渡って築いてきた歴史や文化まで持ち去ってしまったように見えた。
しかし、あの日から4年8ヶ月28日ぶりに妙玄寺の棟が再び上がった。
・囲炉裏(掲示板)Jun.10,2002・
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